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ここでしか書けない創刊秘話

音楽誌「音に生きる」創刊までの挫折・苦労・感動…悲喜こもごもの本音を編集長が語る!

夏の祭典

【第11話】
7月も最終週。
まだ、自分の中で化学反応(第4話参照)が弱々しくて、テイストが見えてこない。
取材依頼はぼちぼちOKが出はじめてきて、お盆明けから一気に取材に入れそうな段取り。
なかなか優秀なデスクぶりだ、忍。
問題は編集長なのである。
テイスト、テイスト、テイスト。
曲が書けそうなほどつぶやきを繰り返す日々。
大好きな夏だってぇのに気分が乗りきらない。
そもそも、雑誌名すら決まらないのである。
企画立案した角田(企画営業担当)が仮で付けたタイトルが「音で食え!」。
強さとわかりやすさがあって、これでいこうと思っていたところ、意外な問題が勃発。
アーティストサイドが雑誌名を理由に取材依頼に対して難色を示すのだ。
生々しくてお金の臭いがしてしまうから、イメージにあわないとの声が多数。
取材ができない雑誌名じゃマズイよねということで、寄せられたへっぽこ編集部からのさまざまなタイトル。
その数100以上である。
どれも決定打にかける、というより、テイストが見えていないのに決められるわけないんだよね。
最近ボクが命名した本で『風まかせ』というのがあるんだけど、この時もずいぶんと時間がかかった。
でも、たくさん取り込んだ現象からすげえでっかい化学反応が起きて、テイストが確信できるに至る。
するとその数日後に神様がポッと降りてきて言うんだよ「風まかせじゃよ」って。
こういうときは誰がなんと言おうと「間違いないっ」という確信が持てて、スッゲー気持ちいい。
ちょいと脱線するけど、この雑誌名は周囲からの評判はよくなかった。
でも、こういうときってぜ〜んぜん気にならない。
だって、すげぇ長時間の努力をしてここに至ったんだし、マーケティングはボクの中で一つの答えを出したのだから。
そんな、神の降臨はいつかなぁ。
はやく降りてきてくれないかな(って、神頼みかよっ)なんて過ごしていると、元気になれる取材の週末を迎えた。
7月30日に鈴鹿サーキットで行なわれる耐久レース、鈴鹿8耐である。
この時点で2泊3日の取材は自殺行為にも思えてくるが、バイク業界から離れられないのも宿命。
音楽業界ではフジロックや全国津々浦々で夏フェスが開催されているのに、いいのかなぁ、新雑誌の編集長が…、と、一応ブツブツ言っているフリをして、思いっ切り取
材を楽しもうと燃え上がるボク。

さて、鈴鹿8耐とは?
なんで音楽雑誌のサイトで紹介するのかよくわからんが、まあ、あまり気にしないで進めると、2人のライダーが交代で真夏のサーキットを8時間走りきるという、かつて
は20万人もの動員があったバイク業界にとってはスーパーイベントである。
動員こそ減少傾向だが、年に1度の祭りはやはり盛り上がりを見せる。
ボクはこの取材を自分の健康診断と位置付けている。
クソ熱い中をこっちも8時間以上取材活動で走りまわるのだから、やり通せれば健康でしょ。
しかもボクは例年カメラマンとして取材しているんで、重い機材を背負って駆けずり回るのだ。
そもそも、ボクが写真を覚える(たいした腕ではないが)キッカケになったのもこのレースで、かれこれ6年前のこと。

今も世話になっている、大好きなカメラマンT氏。
ヤツとはよく言い合いになるのだが、このときレースの直前に大喧嘩をやらかしてしまい、レース撮影を発注できなくなった。
「自分で撮れば」とのセリフにやったろうじゃねぇかと、ヨドバシカメラに飛び込んで店員さんに相談。
写真はカメラマンが撮るもの。
当然のことを貫いてきたボクなのでまったく知識がない。
「あのー、バイクのレース撮りたいんです。それとサーキットの全体を俯瞰で…。一式ください」
迷える子羊のごとくボク。
そこには明日から鈴鹿入りする精悍なプレスの顔はなく、ましてや零細企業のトップの顔もなく、ただのバイクオタクとでも思われたことだろう。
出されたものをそのままで36回ローン(ウッ、貧乏社長にはキャッシュがない)を組み、
社へと戻ると山のようなマニュアル。
ヤツに教えを乞いたいが、なにしろケンカの真っ最中である。
仕方なくマニュアルとまっさらの機材をバッグに詰め込み、サーキットへと向かったのであった。
長い歴史を持つ鈴鹿8耐史上初になるだろう、プレスとして申し込んできたカメラマンが、初撮影にのぞむというのは。
本戦の前日、プレスルームに入るとすでに多くのメディア関係者でごった返していて臨戦モード。
周囲のカメラマンに対してなんとなく後ろめたい気持ちにもなった。
緊張感ただようプレスルームでマニュアルを読む姿は滑稽以外のなにものでもなかったことだろう。
予選のこの日は、もったいないからフィルム(当時はねぇ〜、デジタルってイイっすよ)を入れずにフレームにバイクを収めることだけを意識してシャッターを切った。
デビューを明日にひかえた新人カメラマンは、ただひたすら獲物を追いかけたのである。
迎えた決勝当日も、念のためマニュアルをポケットにしまいサーキットへ、やっとカメラはフィルムを飲み込んだ。
たった一人でまったくの未経験で、機材のイロハもまったくわからずパニック状態。
それでも自分たちの雑誌のためになんとかしなければならないという使命感に燃えながら、ひたすらシャッターを切りまくった。
そりゃあ仕事のあがりとしてはあまり思い出したくないけど、ある意味で修羅場を体験した。

長々と書き連ねてきたが、何が言いたい?
なんとかしなければならないときは、なんとかするのである。
今回の音楽雑誌へのトライは、このときの取材に比べればどうってことない。
自信とか余裕とかじゃなく、一人ぼっちだったあの日に比べれば、ともに前進していく頼もしい仲間がいるのだから。
「よーし、やるぞ〜」と取材を終え冷静になった翌日。
編集部に戻って思ったのだった。
炎天下で長時間仕事をしていると、3課(第9話参照)の面々が頼もしいという幻覚を見るのだ、ふーっ。